2014年4月17日

奥津城(おくつき)

神奈川県の愛川町(あいかわまち)にある「さがみ野霊園」へ。さすがに「ソメイヨシノ」はすっかり葉桜になっていたが、ご覧のように「シダレザクラ」が今を盛りに淡く美しい花々を見せてくれている。


以前ブログで「神棚」を設けた話題を取り上げたことがあるが、実は家族で色々と検討した結果、服部家の弔いは仏式ではなく、神道式で行う方向で現在話しを進めている。菩提寺との付き合いもなく、特に仏教を信仰してきた訳でもない服部家が、形だけ仏式の葬儀・埋葬を行うのは不自然であるという判断からだ。

15年前、父がここ「さがみ野霊園」に墓を購入した際には、そうした具体的な話はほとんどせずに墓を建立したのだが、まだ誰も納まっていないこともあり、ここで弔い方をしっかり決めておこうと霊園に足を運んだというわけである。


神道での弔いは仏式のそれとは様々に異なっていて、一般的に使われる用語にも全て別の呼称がある。「葬儀」ではなく「神葬祭(しんそうさい)」、「位牌」ではなく「霊璽(れいじ)」、「仏壇」ではなく「祖霊舎(それいしゃ)」、「墓」ではなく「奥津城(おくつき)」と呼ぶ。また、仏式では仏前で合掌をするが、神道での作法は全て「二礼二拍手一礼」となる。

さらに、神道では霊前で焼香をする習いはなく、榊(さかき)を奉納して、果物や故人の好物などを供える形で参拝する。もちろん、仏式の墓参りと同様に生花をお持ちになっても全く構わない。


神道には他の多くの宗教における本尊・教祖のような存在がなく、故人・ご先祖の霊や自然・自然現象そのものを直接お参りする。しかも、経典・教義といった「教え」の類もないため、常に自覚を持って行動する姿勢が必要とされるのだ。品行方正な生き方がより求められているのだろう。改めて襟を正さねばなるまい。